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コミュニケーション・ラボラトリーの公式ブログです。イベントの告知のほか、いままで書き溜め、Mixiなどで公開していた文章なども公開していきます。
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自分がいまいる現状になんとなく満足していない時や

このままでは行けないと思いながらもどうしたらいいかわからない時、

自分なりに答えを見つけるきっかけとしているのが「心の三大栄養素」という考え方。

自分が悩んだり迷ったり困ったりしているとき、じゃあどうすれば良いのか、どんな選択をしたら良いのかなんて、「びし!」っと分かるのだったら話は簡単で。でも、なかなかいつでもそうは行かなかったりする。

体調が悪いときだって、食生活が原因なら、5大栄養素とかで、毎日の食生活で何が足りてないか分析してみたらいい。足りてない栄養があればそれを摂ればいいのだから。

僕が勝手に行っているものだから、信憑性があるわけじゃないけど。

自分の中での心の三大栄養素は、

Do what I want to do(やりたいことをする)

Do what I should do(やるべきことをする)

Do what I can do(できることをやる)

が自分の毎日の中でちゃんと果たせているのか。

もし、自分が仕事としていることが、「やりたいこと」であり、「やるべきこと」でもあり、しかも自分の能力で「できること」であるなら、それは多分Happyだろうけど、なかなかそれって難しいことで。

大概はだれかが欠けていたり、そのうち一個しかなかったりする。

「やりたいことをする」っていうのは単純な話で、自分の心に素直に惹かれるものに取り組めているのかどうか。やっていて心がわくわくしたり、とことん追求したくなるようなことができているのか。一番本能的な部分。

「やるべきことをする」っていうのは、「必ずしもやりたいわけではない」けど「やるべきだと自分が思っている」こと。身近なことだと掃除とか、親 切とか、慣習だとか、なんだとかやら。本能的に心惹かれなくても、自分の価値観のなかでやるべきだと判断するものに、自分自身をコミット(献身)できてい るかどうか。

そして最後に「できることをする」は自分の能力に見合ったことをできているかどうかということ。「やりたいこと」や「やるべきだと思うこと」だけ を追うだけじゃなく、今の自分でできることを着実に「やる」ということ。そして更にその行いに見合うだけの評価を得たり、対価を得ることが大事などだと。

これら三つの栄養素と照らし合わせて、自分の今の日常でどれかが足りていないのか見つめ直してみると、心が感じている「満たされなさ」の原因がわかるかもしれない。

一つのことで3つを満たすのが難しいなら、足りてない部分を何らかの形で満たせばいい。「やりたいこと」が仕事でできていないなら、休日を使っ て、それを追求したり、「やるべきこと」をできていないなら、たとえばボランティアとかに参加してみたり、「できること」ができていないなら、認められて いない自分の何かの能力が評価されるような環境に飛び込んでみたらいいかもしれない。

心の中にもやもやした「このままじゃいけない」っていう思いがあるとき、「何か変えたい」って思うことがあるとき、自分の心と対話するきっかけになればいいのかなって思っている。

まー、こんなことを書き出したってことは、自分がいまそういう状況だからなのだけどね。しかも分析した結果、どれか一つが決定的に足りていないと いうよりも、3つともまんべんなく、満たされ切ってないって思えてしまったのが、今回は悲しいことなのだけども・・・・。転機ってことですかね。

ま、参考までに。

P.S.
ミャンマー行きの「延期」はほぼ確定です。ただ延期になった先の日程で自分が行くかどうか、は要検討ですけどね。どないしよっかのぅ。

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エイプリルフールとは関係なく、ちょっとまじめに。

10月からいまの職場で働き出して半年。あんまり年度末とか関係ないし、4月から新しい人が増えるわけでもなく、あたりまえのように3月が終わり、普通に4月が始まる。あと2ヶ月もしたら卒業して2年になる。この2年間、果たして僕は成長したといえるのだろうか。

やりたがりな僕は、いろんなことを考えては手を出し、歩み出しては途方に暮れたり、前に進んでいるのかどうなのかすらもわからないような手探りな日々だった気もする。

やりたいと思ってもちゃんと始めることができなかったアイディア達。そこには何が足りなかったのか。

声高にやりたいことを語っても、「すごいね」と言われるだけで、「一緒にやりたい」と言う声はあまりなかったからなのか。足りないのは、賛同なのか、賛同を得られるように語れない自分なのか。

どうしようもなく不安に駆られるときがある。自分がやろうとしていることは間違っているんじゃないかと。だれもそんなこと必要だと思っていないんじゃないかと。

自分という人間の本質を見るとき、やっぱり僕は「足りない何か」を見つける人間なんだと思う。今の世の中に足りてないもの。それがあるから何かを しなければいけないと思う。誰もやっていないことだからやりたいのであり、それゆえになかなか始めるのが大変なのも必定であって。常に「一人」から始めな ければいけない。

でも振り返れば、大学時代は、僕の突拍子もないアイディアに心から賛同してくれる「二人目」がいた。
二年の時にGlobal Awareness Networkを始めたときのMasaであったり、四年の時に、International FestivalでのStudent Projectを始めるときのIppeiであったり。僕のアイディアに自分のことのように思いをいれ、動いてくれた。
君たちがいなかったら、どんなに良いアイディアだったとしても僕は始めることすらできなかったかもしれない。だから僕は、その二人目、「最初の一人の賛同者」に心からありがとうと言いたい。

でも、僕はそんな自分からもう一歩前に進まないといけない時期にさしかかっているのかもしれない。僕に今足りないのは、新しい「最初の一人の賛同 者」ではなく、その一人がいなくても、絶対にやり始め、やり終えるという「決意」であるし、そう思えるまでの「思い」なんだろう。

自分がまずそこに至れたときに、僕が社会のニーズに沿って、必要とされていることを為そうとしているなら、自然と人は集まってくるはず。

すこしずつ、でも着実に輪を広げること。真剣に話をするにつれて、「一緒にやりたい」「声を掛けて」という声も聞こえてくるようになった。

間違っていないという自信はある。為しとけなくてはいけないという責任感も感じる。なにより今のこの不条理をほうっておくことはできない。だれもやらないなら、自分がやるしかない。その先には確実に、自分が目指している社会があるはずだから。

あぁ、支離滅裂な文章だー

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単なる自分への記録的な文章なので、興味ない人はスルー推奨です。

2007年の5月の末にアメリカの大学を卒業して日本に帰ってきてから早1年半となる。この選択に至るまでには紆余曲折があったし、自信を持って選択したわけでもなかった。

大学4年の途中まで、自分は卒業後に大学院に行くものだと心に決めていたし、実際にその準備をずっとしていた。
転機があったのは、あれは大学4年の10月くらいだったろうか。

当時の僕は教育によっていかにして「行動的市民(Active citizen)」を育成するのかというテーマを勉強したいと考えていて、NGOなどの市民社会活動が活発で、教育機関と提携しているイギリスの大学院に行こうと思っていた。
第一志望はケンブリッジ大学大学院の「政治、民主主義と教育(Politics, Democracy and Education)」という一年間の修士プログラムだったのだが、ある日このプログラムのウェブサイトを見ていると、
「このプログラムは教授の入れ替わりにより、2007年-08年はキャンセルとなりました」というお知らせがあった。

かなりショックだった。第二志望以下も何個かのプログラムが候補としてあったのだけど、第一志望を受けることもせず、第二志望以下に行くことになんとなく抵抗があった。

そこで、一度日本に戻り、市民社会活動を経験するという選択肢が思いついたのだった。自分の受けたいプログラムを考えたときに、しっかり自分で市 民社会活動を体験し、課題や問題点を感じておいた方が、より1年間のプログラムの中で有効に学べると思ったからだった。高校の頃から子どもの権利について 活動をしていたが、大学4年間では学内の活動が中心だったので、自分が市民社会活動についてしっかりとした経験があるとは胸を張ってはいえなかったからで もある。

ちょっと前まで一緒に院を目指していたメンバーがどんどんと願書を出し、合格を勝ち取っている中で、取り残されているような気分もあった。
次の道筋がはっきりしていない状態で、いまの自分の生活にピリオドが打たれようとしているのは正直、違和感があった。それでも僕はその道を選択した。

卒業して日本に帰ってきて、NGO業界で働き口がないか探した。
最初からすぐ働くのは無理だろうし、インターンとかで始めれる場所がないかアンテナを巡らせた。
そうしてひとつのNGOでインターンをし始めたのだけど、ずっとそこにいるわけでもないと思ったので、ほかの働き口もいろいろ探した。でもNGOは人でが足りないわりに、即戦力ばかり求めていて、いくら語学力があっても、仕事として働けるところはほとんどなかった。

そんな中で、高校時代からお世話になっていた森田明彦さんに、2008年のG8サミットに向けて、若い子たちがいろいろ企画しているというお話を 聞いた。なんだかわからないけどとりあえず話だけ聞きに行こうと思って行ったのが、まだ形もできあがっていない「Japan Youth G8 Project」だった。

まさかあの頃は1年もこのプロジェクトに関わるとは思ってもいなかった。
それからたくさんの出会いがあり、膨大な時間を使って議論を重ねた。

若者としてグローバルな問題に声を発信するなんて正直あんまり考えていなかったけど、それは自分が考えていた「行動的市民」という像と重なった。
ほんとに暗中模索だったけど、ここでプロジェクトを経験することが後々の自分にとっていいような気がした。それは直感だったし、ある意味求められているところに安住してしまった感もある。
やっている最中はほんとに不安だらけだったし、回りにも心配を掛けたと思う。でも振り返ってみればそれは良かったことなんだなと、そんな気がする。

プロジェクトの企画の中で、やりたかったことの5分の1もできなかった気がする。G8サミットに向けて若者でサミットを開くことはできたし、提言 書も作って提出はできた。それはすべてやりたかった規模や形どおりにはいかなかった。その後に残したかった若者のネットワークも結局は現段階でできるよう にはならなかった。
それでもたくさんの人と出会えて、たくさんのことを学んだことはかけがえのないと言える。

一年間費やしたプロジェクトは7月の洞爺湖サミット終了で解散し、僕には何もなくなった。一年間やり続ければ、なにか次のきっかけが見えるかもしれないと淡い期待をしていたけど、それほど甘いものではなかった。
結局は自分で決断しなければならなかった。

その時点で院に行くか、NGOで働くか考えた。
院なら海外だし、NGOなら日本でも海外でもよかった。
で、結局日本に残ることにしたのだけど、その一番の原因は、やっぱりやり残した感があったからだった。一年間たくさんの人とであって、いろいろな ことを語り合い、何かができるようなそんな感覚を得れた。いままた海外にでてしまうことで、そのつながりはまた無くなってしまうような気がしたのかもしれ ない。

それで7月の後半から9月まで海外を含めていろいろなNGOなどに申請した結果、最終的に今働いている国際協力NGOでお世話になることになり10月から働き始めた。

仕事はまだまだわからないこともたくさんあるし、学んでいる最中だからなんでもやらせてもらえるわけではないし。でも所属しているチームは国際機関とかから仕事を受けていて、自分がしたいと思えることも将来的にはできるかもしれない。

この1年半はとっても早かった。ジェットコースターみたいにことが進んだ。
ほんと大学4年で卒業するころには想像もしない1年半だった。
2009年、しっかりと地に足つけて、学べるものを学びきっていきたいです。

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挑戦しているといえるのだろうか。

昔の自分を思い出して、「あの頃のオレはもっとすごかった」っていう思いに駆られることが多々ある。

それはゴールデンメモリー(過去を美化しようとしてしまう心の作用)のせいだけではないし、もちろんそれは能力的な話ではないと思う。中学、高校、大学と確実に自分は成長してきたはずだし。

でも、今の自分と比べて、過去の自分が勝っているとはっきり言えるのは、「何かに挑戦している」その様なのかなって思う。

いまの自分は挑戦しているのかな。

できないと言われたことに取り組んだり、

だれもやったこともないことを始めたり、

誰よりも早く達成しようとしたり。

過去の自分の人生を振り返ってみたら、金太郎飴のように挑戦している自分がいるような気がする。

いまの自分はどうかな?

来年でも、3年後でも、5年後でも、10年後でも、30年後でも良いけど、

その時になっていまを思い出して、

「あの頃のおれってすごかった」ってその時のおれを励ませるような

そんな24歳の田中絢也でありたい。

なんか今日、そう思いました。

2009年のテーマは多分「挑戦」になるかと思われます。

以上。

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どこぞのスポーツメーカーのキャッチフレーズですが。
「できないことなんてない」
この言葉に条件反射的に「そんなこと言ったって」って思ってしまう人もいるかもしれない。
"できる"人に対して「それはあなただから言えるんじゃないか」って。
でもそもそも"できる"ってなんなのさって話しで。

impossible is nothingって言葉を信じれるかどうか。
それはものの見方をシフトさせることでできるんじゃないかってそう思う。

人が「できない」って思う要因はなんなのか。それはお金であったり、人手であったり、時間であったり。これらって突き詰めていくと全部「時間」に集約されていく。
お金や人手を集める作業もプロセスに含めてしまえるから。

つまるところ「できない」っていう概念は"与えられた時間内/決められた期限内"では「できない」ということでしかない。

「できる/できない」の判断を"能力"から"時間"に転換すること。これが一番大切なことだって思う。

"能力"というものは、やりたいことを達成するために必要な"時間"を短くできる要素に過ぎないのだから。

なんでこの転換が大事だと思うのかというと「できる/できない」の判断基準が"能力"なら、能力が低いと自分で思っている人は「じゃあ、やらない」ってなってしまいかねない。でも基準が"時間"なら、「人より二倍、三倍かかってもやってみよう」ってなるじゃない。
限られた時間のなかで何かを達成しなければいけないときも、「できない」じゃなくて「できるけど時間がかかる」って考えることが大事なんだと思 う。そう考えることで「じゃあこの時間内ならこれぐらいにスケールダウンすればできる」ってなるし、なにより時間をかければできるって考え方は、作業効率 をよくして無駄な時間をなくせばいいっていう意識付けにつながるから。

「時間をかければなんでもできるって言ったって、私にフランス料理はつくれない」って思う人もいるかもしれない。たしかにあることを為すために特殊な技能や才能もいるかもしれない。でも全部自分でやらなくてもいいんだって思えばいい。

為すための技能を自分が持ってないなら、持っている人とつながればいいのだから。

「人脈」というのも時間をかけて醸成できるものだから。

まぁつまり何が言いたいかって言ったら、要はみんな「できる人」だってことですよ。

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前に書こうとして、中途半端にしか書けなかったことを、いろいろ付け足しながらちゃんとかいてみようかと思います。

最近「浅野いにお」っていう漫画家の作品が結構お気に入りです。そんなにメジャーじゃないけど、好きな人は多いみたいで、ビレッジバンガードでは店員の気合の入った紹介文が読めます。
彼のスタイルで一番すきなのは彼の短編集でよく使われる「群像劇」です。

特定の主役がいるわけではなく、いろいろな登場人物の目線で、それぞれのストーリーが展開していくような。それぞれ別の視点なんだけど、お互いに小さかったり大きかったりする接点があって、その別の人物の視点で時間軸と場所が重なり合ったりするのが楽しい。

そういうストーリーを書くのは、普通以上に構成力が必要だし、ストーリーを一本のラインではなく、複数のラインが絡み合う話を想像(創造)しながら、どの時間軸と場所を描写することで全体のテーマを描き出すかっていう発想力が必要なんだと思う。

だから下手な群像劇を読むと尋常じゃなく陳腐に感じるし、うまく書けた群像劇を読むと感動を覚える。

上遠野浩平が好きになったのも、デビュー作のブギーポップが群像劇的だったからだし。

こういう話を読んでいると、ヨーロッパを1人でバックパッキングしていたときの不思議な感覚を思い出す。

ルーマニアからハンガリーに向かう10時間以上の長距離列車の中で、止まったある駅で窓からみた光景。国境付近の何もない寂れた駅で、大荷物を持った若い男と、その人を取り囲むような老若男女の人々。

長い移動に暇をもてあました僕は、彼の今までとこれからの人生を想像してみる事にしたのだった。
田舎から家族の期待を背負って都会に出て行くのであろう若者の生い立ちと行く末を。

そうやって彼の人生を頭の中で仮に追体験してみると、彼の人生の一幕の中で、転機となる出発の瞬間に、彼の背後にある列車からぼーっとした顔で窓の外をのぞく東洋人がいた。
それは僕だ。

そうやって考えると、なんだか不思議な感じがした。僕が主人公の人生の中で、一瞬の登場人物に過ぎない彼がいて、その彼を主人公とした人生のストーリーでは、僕はセリフすらない背景のエキストラでしかない。

同じように、僕が日々の流れの中で、出会ったり、はたまた単にすれ違ったりする数え切れない人々にも、僕と同じように、自分を主人公にしたストーリーがあって、それが群像劇のように複雑に絡み合いながら日常が進んでいるということ。

それは本当に当たり前のことなのに、なぜか新鮮な気づきだった。

そんな気づきがあってから、日本に帰った後も、満員電車の中でとか、近くにいる人の人生を想像してみることがあった。

そんなときには、いらいらしたり、辛そうな顔をしている人をみると、昔よりも優しくなれるような気がした。仕事の帰りの電車で、疲れた僕を突き飛 ばしたやけにイラだったあのサラリーマンにも、前の僕であったら、単なる嫌な脇役でしかなくて、悪い感情しかわかなかったのに、彼の人生を想像すること で、会社で上司と部下の板ばさみなのか、家に帰ると子どもも奥さんとも会話がないのかもとか、勝手な想像だけどそんなこと考えていると、腹立たしくおもう 気持ちが、少しだけ、ほんの少しだけだけど和らいだりした。

逆に、他の人の人生の中で、自分というキャラクターがどんな風に登場しているのかを想像すると、意外なものが見えてきたりする。仕事で疲れてる、 やなことがあった時の僕っていうのは、僕からの視点でしかなくて、他の人のストーリーに一瞬しか登場しない僕のそんな背景には普通は想像などできない。だ から、その一瞬でしかないかもしれない出会いのも、少しは大事にできるかもしれない。

群像劇のように、いろいろな視点をもって、自分が主人公じゃない他の人のストーリーの観客にもなれれば、僕らはもっと他人に優しくなれるのかもしれない。

そんなことを思ったりしてしまうのは、なんだかこの街が切ないからかもしれない。

駄文を読んでくださり、ありがとうございました。好き勝手に書きたいこと書いただけなので、コメントは期待しておりませんが、なんか思ったことあったら残してくれたらうれしいっす。

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カウンター
プロフィール
HN:
Junya Tanaka
性別:
男性
職業:
NGOスタッフ/参加型の場づくり研究・実践家
自己紹介:
青山学院大学の社会人大学院社会情報学研究科ヒューマンイノベーションコースで参加型の場づくり、ワークショップデザイン、ファシリテーションなどについて研究をしながら、震災関連の仕事をしています。

2007年5月南カルフォルニア・オレンジ郡にある4年制教養大学を卒業しました。その後にすぐにイギリスの大学院に行くつもりが、もろもろの事情でいかないことにし、日本に帰国しました。なぜかいまだに日本にいます。人生思ったようにはならないです(笑)
後悔はしていませんが、試行錯誤です。

2011年5月にまたまた転職しました。震災関連の仕事をするためにアメリカ系のNGOで働き始めました。

また休日や平日の夜にはイベントや会議や参加型のプロセスのデザインやコーディネートをやったり、さまざまな研修や会議のお手伝いをしてます。ご関心があればお声掛けください。こういう研修ってふつう結構高いので、学生が参加できる金額でやれたらなと思っています(参加費応相談)
◇参加型ファシリテーション入門編ワークショップ
◇傾聴力ワークショップ
◇アイスブレーキング体験学習ワークショップ
◇開発と気候変動を考える参加型ワークショップ
<現在企画中>
▽発問力ワークショップ
▽ワークショップデザインコース
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